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第一回山内愛子さん @近畿大学水産研究所

「肴と酒と小難しい話」は、酒のつまみを「肴(さかな)」と言うことにかこつけて、一杯ひっかけながら、普段食べている魚が抱える「小難しい問題」について、その道の専門家にお伺いするコーナーです。「神様はお酒好き」と言われるのをご存知でしょうか。お酒はカタイ頭をほぐし、スイスイと水を得た魚のように舌を軽やかにしてくれる良きものと、神は考えていたのかも!
毎回、みなさまにご紹介したいサステナブルシーフードを肴にお送りいたします。

 

第一回のゲストは海洋科学博士、シーフードレガシー取締役副社長、IUUフォーラムジャパンコーディネーターを務める山内愛子さんです。海にやさしい完全養殖マグロで有名な、ブルーシーフードガイド掲載の「近畿大学水産研究所」よりお届けします。

 

■■<山内愛子さんプロフィール>■■
東京水産大学資源管理学科卒業。東京海洋大学大学院博士課程修了。海洋科学博士。日本の沿岸漁業における資源管理型漁業や共同経営事例などを研究した後、WWFジャパン自然保護室に入局。持続可能な漁業·水産物の推進をテーマに国内外の行政機関や 研究者、企業関係者といったステークホルダーと協働のもと水産資源および海洋保全活動を展開。2019年にシーフードレガシーに入社。2022年に取締役副社長に就任。国内NGO等の連携プラットフォームである「IUU 漁業 対策フォーラム」のコーディネーターを務める。

 

ところで皆様「IUU漁業」という言葉をご存知でしょうか?

I…illegal 違法 /U…unreported 無報告 /U…unregulated 無規制

乱獲や密漁など、規制を無視して違法に魚をとる、漁獲量を正確に報告しないなど、違法・無報告・無制限で行われる漁業のことです。

今回のゲスト・山内愛子さんがコーディネーターを務める「IUUフォーラムジャパン」の一番の目的は「IUU漁業由来の魚を撲滅すること」です。

密漁に乱獲!?と聞くと、日常生活を送るわたし達には、ほど遠い世界のように思えますが、日本で消費されている「魚の6匹に1匹」はIUU由来の可能性が高いというのが現状。知らず知らずのうちに、わたし達消費者は「IUU 由来の魚」を食べているかもしれないのです。今回、誰にでもはじめられる「IUU 漁業以外の魚の選び方」をメインに、山内愛子さんのこれまで、これからの活動をお伺いしました。

 

IUU 漁業でない魚をどうやって選べばいいですか?

「認証付の魚を置いていますか?」と、店にお伺いするのが日常になっています。売り場に並べられるとIUU漁業の魚かどうか見た目では分かりません。だから認証付のMSC、ASCやブルーシーフードなどのマークのついた魚を見つけたら購入します。まだ認知度は少ないかもしれませんが、イオン、セブンイレブン、生協など、みなさんの身近にあるスーパーやコンビニでも認証付きの魚の取り扱いがあります。食べ続けたいからこそ「がんばりたい」と思っています。だから、必ず出会ったら買うようにしています。消費者のニーズはあって、この地域では「認証付の魚が売れる」と、実績を残せるような気がしているからです。

また、これまで勉強させていただいたことで、産地を見ると大体どうやってとられたものか想像ができます。この産地なら「こういう資源管理がされているんだな」と予測がつくんですね。

水産研究・教育機構の「わが国周辺の水産資源の評価」というサイトがあるんですが、「各地でどの資源がどのくらいあるのかわかる」資料なんです。この産地のこの魚種なら、資源が枯渇していないから「買って大丈夫だな」と選ぶ指針になります。WWFの「おさかなハンドブック」にも、産地、環境に適した漁法などが掲載されていて、日常の魚選びの参考になると思います。

 

・MSC認証…天然の水産物の「海のエコラベル」。
水産資源や生態系に配慮した漁業による水産物の証。
・ASC認証…養殖の水産物の「海のエコラベル」。
環境や社会に配慮した養殖場で生産された持 続可能な水産物の証。
・ブルーシーフード…漁業の持続可能性を測る国際的な基準をベースに独自の手法で評価。
詳しくはブルーシーフードガイドを。

*WWFジャパン「おさかなハンドブック」はこちらから
*水産研究・教育機構の「わが国周辺の水産資源の評価」はこちらから

 

 

食べなきゃ&売らなきゃいけない「日本の食文化が魚を危機に!」
知ってほしい「代替魚(品)」の存在

IUU漁業の一番の危機にされている魚種の一つと言われるのが「鰻」。養殖用の「シラスウナギ(鰻の稚魚)」の大半はまだトレーサビリティが整っておらず密漁の危機にもさらされています。土用の丑の日のある「夏には鰻を売らないわけにはいかない」というのが日本の市場の現状。持続可能を意識する上では問題だと、小売業の方々も分かってはいるのですが、「置かないといけない」と、消費の面から見るとかかせない存在になっているのです。「一斉にやめられるかもしれないけど、他がやめないのならば難しい」というのがリアルな声で、なかなか鰻を守ることが難しい状態が続いています。

以前、イオンがASC認証の「バンガウシス(ナマズ)の蒲焼」を鰻の代替魚として売り出すキャンペーンに参加しました。また最近では、「すり身で鰻を再現」したものも売られていますよね。消費者としてそのような代替魚(品)を採用していただくことで、鰻にかかる負荷が軽減できるかもしれません。市場には、消費者の認知度がないため価値が低いけれども資源が豊富な魚種が海には存在します。これらをしっかり持続可能に管理し、うまく使うことは、将来重要な取り組みになると思います。持続が危うい魚種の代替魚(品)として、資源に余裕があって管理も持続可能な魚種を日常の食卓に選んでいただける市場を生み出せれば、その間に枯渇している魚を回復することができると思います。

また、現在の海洋環境の変動で、季節ごと、地域ごとの獲れる魚が変わってきています。そのため想定外の魚と地域市場のミスマッチングが問題になり、その土地、土地でどう対応するかも、課題になっています。
IUU漁業かもしれないから「食べない」という偏った選択だけをするのではなく、人間だからこそ、 賢く、楽しくできる「これまでやったことないチャレンジ」を行動に移す方が、わたしは好きなんです。

*「代替魚を選びたい。どうしたらいいの?」という方は、今回の「近畿大学水産 研究所」も掲載の「ブルーシーフードガイド」をご覧いただきたいです→*ブルーシーフードガイド

 

 

マグロは IUU 漁業を日本に知らしめた魚! 「消費者の投書」が SDGsへの近道

マグロといえば、IUU漁業という存在を日本に最初に知らしめた魚でした。
2010年頃大西洋のマグロの枯渇がニュースになり、「国際取引禁止」というワシントン条約・付属書1に日本が該当するかもしれないという危機に追い込まれました。間接的に日本人のマグロの食べ方が無秩序だと言われたわけです。当時、ニュース番組やワイドショーで取り上げられていたので記憶にある方もいらっしゃるのではないでしょうか。結果、この提案は否決され、ワシントン条約付属書1は免れました。当時は規定された漁獲可能量の約2万5千トンに対して、調査の結果、倍以上の約5万トン捕獲されているという報告書が出て、IUU漁業が横行しているということが分かったのです。このニュースが日本で大々的はじめて違法、無報告の漁業が問われたニュースだったのではないでしょうか。
現在、スーパーやコンビニなどでも、マグロのメニューが豊富に並んでいます。回転寿司ではベスト1位、2位を争う魚種。だからこそマグロという資源の持続可能な利用に日本は責任が問われることになります。水際での国のチェックだけではなく、国外、国内問わず、取引をしている「企業」もチェックをして、なんでもかんでも受け入れないように厳選することが、今後のマグロの明暗を握っています。
ですが、最も強い意見を持っているのは、やはり「消費者」。 そこで消費者の皆様にお願いしたいのが、量販店にある投書箱などをご利用いただくこと。「漁業のルールを守った持続的に食べられる魚を食卓に選びたい」と消費者からの声が届けば、量販店全体の方針を変えるきっかけになり、それが世論となれば日本全体で海と魚にとって良い方向へと改善できる可能性もあるのです。

 

 

「近畿大学水産研究所」のマグロは海のマグロ資源を守る助けとなる「完全養殖マグロ」

美味しくいただいている、この近畿大学水産研究所のブランド「近大マグロ」は、地球にやさしい「完全養殖」のマグロです。

ですが、養殖にも懸念点があります。養殖の餌も資源が持続可能に管理され、IUU漁業に該当していないものを、きちんと 選ぶということ。
 

マグロ以外に、今回、ブリ、真鯛も近大養殖のものをいただきました。→* 「近畿大学水産研究所」についてもっと詳しく
*<関連記事>【お墨付】「近畿大学水産研究所」で完全養殖の近大マグロを食べよう!

 

 

「人は賢く資源を守っていた!」
なぜ山内愛子さんは海洋の世界に入ったのですか?

実は学生の頃は理解していないこともありました。生物とか生態学を学びたくて、東京水産大学「資源管理」学科に入ったのですが、その中身はおもに「漁業」を扱う学科だったんです。最初の授業で「一本釣り」のビデオ鑑賞し、「あら?」と自分の誤解を理解しました。「水産業の卸について」「漁家経営について」 など THE漁業に特化した授業ばかり。当時、海が近くない都内の高校を卒業し、鯵と鯖の区別も見た目でついていませんでした。「この先、どうなるんだろう」と不安に思いながらも、ようやく大学三年の実習でおもしろみを見出すことができたのです。「漁業者にヒアリング」という漁家経営を勉強する実習で、大学の先生がよく知る新潟の漁師を、学生ひとりずつにつけてくれたのです。「年収は?」「年間どうやって暮らしていますか?」「奥様は専業主婦ですか?」とにかく細かく漁師のことを統計にとる授業でした。これがすごくおもしく勉強になったんです。
「資源管理」学科の一番の名目は、「資源をどう管理するのか」ということ。
・とっていい量を決めている。・出漁していい日数を決めている。
その事実を知った時、「人間ってこんなに賢く魚を とっているんだ!」と感動しました。
この学科に入るまで「魚なんて海で勝手に漁師がとっている」と思っていたんです。「とり方を管理している」なんて、考えたことがなかったので…。また農作物や畜産物に比べて、釣竿と網さえあれば、どんなに困っていても海に行けば食料を得られるという漁業はすごくプリミティブな産業。だからこそ新興国や発展途上国においては、大事な食糧確保の手段でもあります。そういうこともひっくるめて、漁業の世界に魅了され、本格的にやってみようという気持ちになりました。その後、日本の沿岸漁業における資源管理型漁業や共同経営事例などを研究することにまでなっていました。

 

 

先にやっている人がいない分野で自分を活かせたNGO時代

その後、卒業して研究員の生活を送ったあとに、縁があって国際環境NGOに就職することになりました。日本の沿岸漁業の研究から国際NGOと、かなり違う世界へと飛び込むことになりました。NGOでは、日本ではまだ活動が多くなかった水産業と環境問題に取り組むことになりました。あまり前例がないため、「自分で考えて戦略を立てて取り組む」という環境は、自分にとって恵まれていたと思います。例えば、まだ当時なかった「おさかなハンドブック」の制作に携わりました。もとはといえば、アメリカとヨーロッパでスタートした名刺サイズのシーフードガイドが流行して、日本でもつくってみよう! となったんです。しかし日本では食べている魚種、とれる地域、漁法、天然か養殖か、調理法など、多岐に渡り、本気でまとめようとすると分厚い本になりそうでした。そこから整理していき、なんとか伝えるために「読み物」のスタイルになりました。
また国際NGOで働いていた2008年からの11年は、まだまだ水産という分野で環境保全問題が耕せる場所だったので、様々な経験ができ、本当にありがたかったです。

 

 

2030年に向い→SDGsによる今後のIUU 漁業対策の取り組みとは?

本当は2020年を目指して、IUU漁業撲滅の活動をしてきました。目標からは遅れてしまいましたが、二年遅れの2022年12月、対IUU漁業法ともいえる「特定水産動植物等の国内流通の適正化等に関する法律」(水産流通適正化法)が施行されました。「漁獲証明書」のついていない水産物は流通できないとする法律。無報告のIUU漁業由来の水産物は結果、排除できるという仕組です。国際的にも有数の日本水産市場ですが、輸入水産物の対象魚種は、まだわずか4種。2030年は世界的に大事なマイルストーンになる年。それまでに対象魚種を増量したい! 消費者の意識も含め、IUU由来でない水産物を安心して食べられる世界をちゃんと叶えることを目標にしています。

 

 

IUU 漁業の人権問題「安心して働けるディーセントな労働環境を」

IUU漁業について最近相談を受けるのは「人権問題」が多くなってきました。IUU漁業を行う漁船の乗組員のなかには、人身売買や拉致をされて強制的に働かされる「海の奴隷」と呼ばれる人達がいます。その多くはタイやカンボジア、ミャンマーなど東南アジアの人々。日本は多くの水産物をアジアから輸入しています。わたし達日本人は知らぬまに奴隷労働が伴うIUU漁業由来の水産物を買っているかもしれないのです。そこで、「人権を尊重しているサプライヤーから水産物を購入しているのか?」という、ご相談が増えています(コンプライアンス・イッシューも含めて)。 2030年までに、なんらかの方法で解決したい問題です。

きちんと他国であっても水産物を扱っているサプライヤーとともにリスクアセスメントすることが大事。アセスの結果に基づいて「改善計画」を立て、被害者がいる場合には「救済処置」をとっていくこと。ここで終わりではなく深掘りして、根本の問題をひとつひとつ解決していくことしかありません。
ただ、「労働環境の問題」については、まだ明確な答えが見えていません。 水産業に従事する人たちが「どう幸せになるか?」「適切な環境で働けるか?」など、ちゃんとしたディーセントワーク(働きがいのある人間らしい仕事)を考えていかなくてはなりません。

 
2030年までの6年の間に、なんとかお話したような水産業のSDGsを目標達成した状態にして、それ以降は次世代に引き継ぐつもりで、今後チャレンジを続けていきます。